ワイン手帖

ワインショップ「Shopgirl_NY152 」 エッセイ&ワインこぼれ話

“かるら”さま

 
昔々、その昔、同級生が、“かるら”さまに恋をした。ガリ勉で名前が通っていたほどのその子が、ある日突然、なんの前触れも無しに、唐突に叫んだのである。

 「私、恋してる」

 

 
 「へぇ~、誰によ?」
 
 「かるらさま」

 「はっ?」

 初めて聞いたその名前は、誰も耳にしたことのない名前で、と言うか、人間の名前にはとても思えず、

 「おまえさ、恋の意味、わかってる?」

 と言ったのは、同じ部活にいた先輩。堂々のLOVE宣言に、放課後の部活に出ていた生徒たちはやんやの騒ぎようだったのだが、相手の名前を聞いた途端、一瞬の間が空き、次にはその場に居合わせた恐らく全員が、同じ思いで吹いた。
 誰それ?マンガ?そんな名前が出てくる小説とかって、あったっけ?

 その子は、皆の注目を充分に引き寄せたあとで、いともあっさりと言ってのけた。

 「知らないの?観音様よ」

 またしても一瞬の沈黙、そして再び笑いの渦、理由は何もないのに誰もがなんとなく暖かい気持ちになれたのは、観音様のお陰か?と、それはそれで、練習前ののどかなひとコマだった。

 “かるら”

 観音様

 観音様に恋をした、と言うのか?

 男子の先輩の、
 「恋をするなら人間の男にしてくれ」
 という一言で、あっさりこの話は終わってしまい、二度と、からかいの的にもならなかったのだが、今にして思えばそれは観音様に大変失礼で申し訳なかったな、と思う。だが、あの時は、彼女以外は皆、教科書以外の知識などまだまだ浅い中学生だったので、想像の翼を広げることも、確かめることさえ誰もしなかった。今のように携帯でググったら、直ぐに答えが導き出せる、という世の中ではなかったのだよ。
 が、しかし、、、、この話にはまだまだ尾ひれが付く。
 後日、社会人になって皆で集まる機会があった際に、ちょうど奈良に遊びに行ってきたという先輩のひとりから、そう言えば、とその話が蒸し返されたのである。生憎、その時、当のかるら様女子は参加していなかった。
 
 確かに、“かるら”様は実在するらしい。奈良の興福寺に。と。
 
 興福寺と言えば五重塔があるあの国宝の寺である。だとしたら、修学旅行で全員行った筈だよね?興福寺のどこに“かるら”様はいたのだろう、知らぬ間に見ていたということか?と話に花は咲いたものの、なぜ彼女はかるら様を好きになったのか?という肝心なことには到達しなかった。
 
 迦楼羅(かるら)天。仏教的には守護神で、伎楽面(能面より大きい)のひとつ。竜を食べるという実は巨大な鳥。元々はインド神話上の巨鳥で、雨を降らしたり、または大雨を止めたりする神様だそうな。そこでひとりが、笛を持っていなかった?と言い出した。どうだろ、、、そうなの?
 音楽の神様と言われているのは、『きんなら』、『けんだつば』、『まごら』、確かにそこには我らが『かるら』様もいたような。それが、なぜ、いつの間に観音様になったのだ?
 そう言えば、彼女、修学旅行に行く前に盛んに何か調べていたよね?何を調べていたのだろう。まあ、本人がいないからいいけど、あの勉強家の彼女が嘘をつくとは思えないしね、で、話はまた終わってしまった。
 
 それから5年後。
 
 我らの“かるら様”がいらっしゃったのは、残念ながら奈良ではなく、同じ古の都でも実は京都の方だった。
 私の京都行きのチャンスは、何故か常に真夏にやってきた。盆地の京都が地獄のように暑い8月に。
只でさえ、暑いのは苦手。赤ワインと同じで16度は既に
 「暑いじゃないかっ!」
と泣きがでる程暑さに弱い私が、ふらふらの状態でたどり着いたのが、三十三間堂だったのだ。眩しくて目眩を起こしそうな、いや、起こしていたかもしれない真夏日のあの日、一歩入ったお堂の中は真っ暗で、目が慣れるまでは何も見えなかった。
 あれだけ外は暑くてどうにかしてくれ、と自棄になりそうな程だったのに、この静けさはなんだ?平日に訪ねたのが良かったのか、その時参拝客は皆無で、人の話し声も全くしない。外で泣いている蝉の声さえ、遠のいていく。その閉ざされた空間の中で、ぼんやりと見えてきた集団?いやいや観音様は、前後10列の階段状の壇上に、なんと1001体も並んでいたのである。しかも等身大という大きさで。
 数からくる威圧感が半端ない。一瞬たじろぎに似た感覚に襲われる。暑くて肉体はだらけている筈なのに、何故か背筋はしゃんとして、居ずまいを正すとはこういうことか?
 正面から見なければ全員と眼は合わない筈のに、1001体からガン見されているような錯覚に陥るのは何故なのか、、。

     あー、息をするのを忘れてた!

 そろそろと進むうち、確かに誰かと目が合った、ような気がした。暗くてよく見えない。ひと目、見ただけではどれも同じ顔に見えるのに、いや待て、目を凝らしてよく見ると、皆、顔が違う。細かい表情が実にきめ細やかに彫られていて、全員に名前が付けられていても区別ができる位、人間くさい、と言うか、人間的な観音様なのである。

 と、その中で、一風変わった方がいらした。何かを被っている?それとも化身?

               鳥?

 それが、“迦楼羅(かるら)”さまだった。しかも笛を持っているではないか!

 見つけた!
と言うか、出会えた!私も。背中には翼があり、笛を持っている明らかに音楽の神様ではないか!あの時、彼女が調べていたのは奈良ではなく京都だったのだ。当時の関東地方の修学旅行は大概が京都・奈良だったので。しかし、残念ながらウチの中学は、三十三間堂はコースには入っていなかった。
 あとから知ったのだが、奈良の興福寺迦楼羅像は鳥頭人身の着甲像、京都の三十三間堂迦楼羅像は、翼を持ち笛を吹く立像、とある。どちらも迦楼羅。しかも、こちらは笛!を持っている。
 
 人間の男に恋をしろと言った先輩はトロンボーン、大声で笑いはしたがからかうこともせずに聞いていた先輩はトランペット。ピッコロもティンパニーも、オーボエもいた。私はクラリネット。そう、部活名はブラスバンド。自分たちの学校だけでは地区予選にも出られず、隣の学校の部に混ぜて貰って参加したような20名ほどの弱小部だったが、少しでも上手くなりたくて、皆一生懸命だった。音楽の神様に愛されたかどうかは定かではないが、それでもみんな楽器が大好きで、音楽を愛していた。
 
 かるら様に恋をした彼女は、一番優秀なフルート奏者だった。彼女の吹くフルートは正確で、いつも澄んだ音色が優しかった。もしかしたら、彼女だけはかるら様に愛されていたのかもしれない。
 
 
 
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ジャン・ヴェッセル / シャンパーニュ・ブリュット・ロゼ・ドゥ・セニエ

 

 
 

ジャン・ヴェッセル / シャンパーニュ・ブリュット・ロゼ・ドゥ・セニエ 375ml

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生産者 : ジャン・ヴェッセル 
地 域 : フランス > シャンパーニュ
品 種 : ピノ・ノワール100%

 シャンパーニュでは別格的に小規模な、年間生産量約14万本に過ぎない生産者。商売を広げることよりも信頼できる自社畑の範囲内で理想的なシャンパーニュ造りをしている。
 ピノ・ノワールは粘土石灰岩。樹齢約30年。ステンレスタンクにて発酵、熟成。セラー最低2~3年瓶内熟成。
 果実味豊かで華やかな味わいが人気の秘密。少し濃いめの美しいサーモンピンク色がひときわ鮮やかで、思わず見惚れてしまうほど綺麗。飲みやすい白の辛口もあります。

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