旅立ちは七夕の日
今日は世の中では七夕の日。
でも、私にとっては母と、先代のワンと、そしてあるひとりの素敵な大切な友人の命日なのです。
みんな、物覚えの悪い私の為に、覚えやすい日に逝くのね。ちなみに、父はお雛様だし。
私が脚本家の丸茂千恵子さんと出会ったのは、
今から丁度20年前のある病院でのこと。彼女はガンの末期で、個室が開くまでの繋ぎで、私のいた6人部屋に入っていらしゃいました。光がよくないとのことで、彼女のベッドの周りはカーテンでしっかりと覆われていたので、入院中は顔を見ることは滅多になかったのに、退院後の通院時にたまたま廊下ですれ違い、声をかけられたのがきっかけでした。
あの頃、私は生きるという行為に疲れていて、別に死を望んでいた訳ではないのですが、息をするのもしんどかった時期で、もしかしたら私の顔からは死相が出ていたのかもしれません。見るにみかねて?声をかけてくださったような気がします。
「あなた、〇〇〇だわね」
実は、記憶が飛んでいて、あの一言がなんだったのか、今も思い出せないのです。
ですが、私はその一言に吸い寄せられるように、窓際のソファーに腰掛けてしばらく彼女の話すのを聞いていました。途中で光が駄目だった、と気がついて慌てて立ち上がった私に、彼女は
「今はあなたの方が大事」
と言ってくださり、、。
それが嬉しくて、私は泣きながら帰路についたのを覚えています。
それから、私は枕元の電話が鳴るのを今か今かと待ちました。その後、移られた個室には公衆電話があったのですが、容体のわからない相手にこちらから電話などかけられる筈もなく、私たちのお喋りは彼女の具合如何にかかっていたのです。
話せた時間は5~6分だったかもしれない。いや、長い時もあったかもしれない。私たちの話題はもっぱら、彼女の本職と私の趣味が共通しているお芝居についてでした。それはそれは語り合った。そして絵や音楽や、それから生きるということについても。
彼女が逝くまでの僅かな期間に私が受け取れたものは、語りつくせないほど沢山で、それは自愛に満ちていて、もう内容など忘れてしまったのに、あの時間だけは珠玉の宝物として記憶に残されているのです。
ある時、ピカソが好き、と言ったら、カレンダーが届きました。印を入れてしまったけど限定品でもう売ってないから、という代物には、確かに2週間ごとに数字の下に線が引かれていて。線の付いた日の前日は必ず電話が鳴りました。それは放射線治療の日で、治療直後は電話をかけられない、だからその前に、ということに気が付いたのは、何クールかが過ぎてからのことでした。
「私は吐き気なんか起こさないから大丈夫よ」
と、いつも言い切った。
あの芯の強さは私には全く縁のないものだったので、少しでも真似ができれば生きていけるかもしれない、とよく思ったものです。
その年の夏、私は蛍をお見舞いに持って行ったのです。
「えっ?蛍って命短いよね?そんなもの病室に持ち込むの?」
と、当時まだ彼だった今のハズさんがものすごーく心配をしたのですが、真っ暗な病室で一晩中光ってくれている蛍を、寝られない夜のお供にして欲しくて、10匹の蛍が入った小さな金魚鉢を病室へ持ち込んだのでした。
千恵子姉さんの喜んでくれたあの顔。
その次の電話で、看護婦さんたちが皆、休憩時間になると、見せて見せて、と言って姉さんの病室に遊びに来ると、自慢げに話してくれた時の声。
私の自己満足と言われてしまえばそれで終わり。それを素直に喜んでくれた懐の深さは、あの頃の私を優しく包んでくれました。
姉さんが亡くなったのはその翌年。電話が鳴らなくなったある日のこと、気が付くと私は泣いて、と言うよりただ涙を流していて。あとからあとから涙が溢れて止まらない。何もないのに。本も読んでない、テレビも見ていない、誰もいない静まり返った家の中で、聞こえるのは蝉の声だけなのに。だのに涙は止まらず、涸れるまで流し続けたあと、やっと車の喧騒が戻ってきて、、、。
そうか、逝ってしまったんだ。
きっと、今、魂が最後の別れを言いに私のところへ来てくれた。
その年の暮れに、ご子息の太郎さんから喪中ハガキが届きました。七月七日永眠。
私が最後に彼女から受け取った生きていく為に必要な鍵。それは今も私の胸奥深くにしまい込まれています。
「何があっても生きなさい」
あれから19年。私は、亡くなった彼女と同い年になりました。
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今日のお薦めのワイン
マルク・テンペ / ピノ・グリ・ライムスベルク 2013年
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生産者 : マルク・テンペ
地 域 : フランス > アルザス
品 種 : ピノ・グリ100%
栽 培 : ビオディナミ
認 証 : エコセール
現地でも日本国内でも絶大評価のビオディナミスト。日本大好き、陽気でタフな巨人の繊細な造りを是非! ツェレンベルク村から北上した丘の中腹のリューディで、寒暖の差や丘の上から吹き降ろす風が質の良いブドウを育てている。24時間デブルバージュ(速やかに圧搾して得た果汁を低温で半日ほど置いて不純物を沈殿させること)し、ブルゴーニュ樽で発酵、24ヶ月熟成。
イエローの色調、香りの奥の方からレモンを感じる。甘さはあるが美しい酸とアルコール感のアタック(第一印象)、柚子茶の甘さとブレープフルーツの心地よい苦みに、白だがタンニンが寄り添う非常に上品な逸品。
ワンランク下のクラス、ピノ・グリ・ツェレンベルグも充分美味しいが、飲み比べると余韻が長くなり、厚みが増した感じ。美味しいの度合がワンランクアップした感がたまらない。
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