ワイン手帖

ワインショップ「Shopgirl_NY152 」 エッセイ&ワインこぼれ話

闇夜の国から(短編小説)

 

 今夜はワタシの独り言でも聞いて頂きましょうか。

 

ワタシがお慕い申し上げていた、お棚のイトハンのことなど、お話ししたいと思います。その名をおいちさんと仰います。おいちさんの一番年かさの曾孫さんが、もう70歳になったらしいので、

 

ワタシがおいちさんに出会ったのが、本当に一世紀ではきかない位、昔のことになってしまいました。元号も確か明治と申したように記憶しております。

 

昔々、その昔、おいちさんという大層可愛らしいお嬢様がいらっしゃいました。

その方は、ワタシが丁稚として奉公していたお棚のお嬢様で、ワタシがお棚にあがりましたのが10歳、お嬢様と同い年というのも嬉しく思ったものでございます。お棚におりましたのは僅か6年ほどでございましたが、今の世の中とはいささか、と申しますか、だいぶん違っておりまして、楽しみなど何もなかった日々の中で、お嬢様に会えることだけが、せめてもの救いでございました。

短い奉公の最後の1年ほどは、働くことさえままならず、たいそう、申し訳なく思いながら過ごしていたのを、まるで昨日のことのように覚えております。

 

奉公に上がって数年がたった頃、ワタシは風邪をこじらせ、あまりに治りが遅いので、お医者さまに診て頂いた時には、胸を患っていたのでした。年期があけるのはまだまだ先のこと、普通ですと、病で働けなくなった者は実家、つまり親元に帰されます。しかし、ワタシにはその時既に両親も生きていなければ、親戚も誰ひとりいない、帰る家さえない天涯孤独な身の上で、ご主人さまご夫妻は、そんなワタシを放り出しもせずにそのまま置いてくださっただけでなく、看病までしてくださったのでございます。

 

朝に晩に、床に伏していたワタシに食事を運んでくださったのは、他ならぬお嬢様のおいちさんでした。胸の病がうつってはいけないと、何度申し上げても、へっちゃらな顔をなさって、いつも笑顔で大きな横長のお盆を抱えてきてくださるのが日課となっておりました。食欲が落ちてきたワタシが食べやすいようにと、おいちさんのお母さん、ワタシからすればご主人の奥さんに当たられる御内儀さまも、暖かいもの冷たいものと、オウチの方々と同じものを更に食べやすく作ってくださいました。それはそれは美味しかったのですが、おなかもあまりすかなくなり、飲みこめる量も次第に減っていきました。

 

寝てばかりのワタシが退屈しないようにと、おいちさんは女学校であったその日の出来事やら、お商売の話しやら、あれこれと気にかけてくださって、ワタシの傍にいるのが当たり前のようにふるまってくださることが、いつか淡い気持ちになっていくのを止めることはできませんでした。

 

桜の蕾がつく頃に倒れたワタシは、蝉の声も鈴虫の声もやり過ごし、雪の降る頃にはすっかり横になったまま、もうじき桜が満開になるわよ、と言ったおいちさんの声がぼんやり遠のく頃、お薬の甲斐もなく、咳に血が混じるようになりますと、早いもので、あっという間に両親の元へと呼ばれたのでございます。

 

皆さんが泣いてくださいました。一番泣いてくださったのはおいちさんで、そんなに泣いては目が腫れてしまいますよ、と申し上げましたが、ワタシの声はもう届かず、、。

 

明日はいよいよ荼毘に付されるという前の夜、ワタシは意を決して起き上がりました。

肉体は既に少し硬くなっておりましたが、なんとしてもお嬢様に最後のお礼が申し上げたくて、、。

しかしまあ、棺の中から蓋を持ち上げるというのは、これがなかなかの重労働でございまして。静かに持ち上げたつもりですが、やはりぎぎぎぃ、、、と音がしてしまい、それも時間がかかってもたもたしておりましたら、蓋を横にずらす際にバタンと倒れてしまいまして、はて、戻る時にどうしたものかと、ワタシは冷や汗をかきました。

 

ワタシが使わせて頂いていたお部屋は他の奉公人の先輩たちとは少し離れた、通りからは一番奥にあたるところで、母屋の皆様のご寝所の上になります。2階に上がる階段はふたつございましたが、奥の階段を上ったすぐ脇、降りた真下にはおいちさんのお部屋がございました。

 

一番の難関は階段でございます。

棺から出た次の障害物は障子ですが、これは軽いのでなんなく開けることができました。多少引きずるようには歩きましたが、それは大したことではございません。問題はその次でございます。どうやって階下へ降りよう、、、足がもつれて、それはそれはきつうございまして、手摺のない時代でございますから、どこに捕まろう、というところから、探さねばなりませんで、僅か15、6段を降りますのに、かかった時間はいかばかりかと。こんなことなら、もう少し、お食事を残さずに頂いておけばよかったと、思いましたが、こういうことをあとの祭りと申します。

 

やっと階段を降りまして、冷えた廊下に降り立った時は、息が乱れ軽く汗ばんでおりましたが、床の冷たさが心地よく、やれやれと一息つけたものでした。

今度はいよいよおいちさんのお部屋です。

すーーーーーっと開いた障子の向こうには、お布団がまあるくこんもりとしておりました。月夜の明かりだけが頼りです。おいちさんは布団にくるまり、お顔をすっぽりと隠しておいでになりまして、髪の毛だけが少しはみ出して見えておりました。心なしか布団が震えていたのは気のせいでございましょうか。

 

畳も冷たくて気持ちよく、お部屋もいい匂いがしました。

辿り着くまでにかかった時間など、実はほんの一瞬のことだったのかもしれませんが、歩けないワタシには長い長い道のりで、どこか心の中では終わらせたくない、このままここで朝まで座って、この光景を目に焼き付けておきたいと思ったものでございます。

 

足音をたてないようにと努力はしたのでございますが、どうしても足は引きずってしまいます。静まり返った真っ暗な闇の中でワタシの衣擦れの音だけが妙に響き、静かにと思えば思うほど、真新しい衣はワタシにはお構いなく、余計にしゅっしゅっと自己主張しているようで、なんともしがたい時間でございました。

 

やっとの思いでおいちさんの枕元まで辿り着くことができましたのは、そろそろ東の空が明るくなろうかという頃で、気持ちは逸りました。夜が明ける前に元きた道のりをもう一度、戻らなければならないのでございますから。

本当はお顔を見たかったのです。もう一度、あの愛らしい笑顔を見ることができたら、地獄に落とされても構わない、と思ったものでございます。ですが、布団からはみ出した長い髪が向きを変えることも、こんもりとまあるくなったお布団が平らになることもなく、ただ、押し殺したかのような沈黙だけが、二人の間に横たわっておりました。

ワタシはお礼を申し上げたかったのございます。

ですが、声はもう声にはならず、仕方がないので、一礼を致しました。ワタシの短く刈られていた筈の髪の毛は、何故か長く、もの凄く長く伸びていて、髪の毛の先端はおいちさんの髪の毛にふれる程、伸びていて、、、。

その時、足元で何かがかさっと動きました。

それはおいちさんが起きている時はいつも付けている髪留めを迂闊にも少し踏んでしまったのです。

申し訳ないことをしました。

ですが、ワタシが踏んでしまった髪留めなど、恐らくもうお使いになるのはお嫌でしょう。

頂いていってもよろしいですか、、。

 

ワタシは屈んで縮緬の髪留めを持ち上げると、再び、重い足を引きずって、ゆっくりとゆっくり、戻りました。

 

ぎぃぃ、ぎぃぃと階段がきしみます。

みし、みしっと廊下も少しなります。

開けてきた障子を今度は閉めなければなりません。すーーーーーーーーーっと。

 

棺の蓋は大事でございました。やはりバタン、と音は出てしまいます。

 

 

やっと、全てが終わった時は、辺りが明るくなり、雀の声がひとしきり聞こえてきました。

 

 

いつもと変わらぬ朝の喧騒。おいちさんがお母さまに

「私の髪留め知っといやすか?」

とお尋ねになっているのが遠くの方から聞こえてまいりました。

 

出棺の時はいささか焦りました。まさか最後のお別れと言って、棺の蓋が開けられるとは思ってもいなかったからでございます。

 

「あっ」

という小さな声と、

「おまえの髪留め、、、、」

という声が同時に聞こえたような気がいたします。

 

 

 

「申し訳ございません。最後のお給金にワタシが頂戴いたしました。」

 

 

 

 

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今日のお薦めのワイン

ターレ・ヴェルガ / “カ・セルヴァ” ピノ・グリージョ 2015年

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ターレ・ヴェルガ / “カ・セルヴァ” ピノ・グリージョ 2015年

 

 

 

生産者 : ナターレ・ヴェルガ社

地 域 : イタリア > フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州

品 種 : ピノ・グリージョ100  

 

 創業1895年のナターレ・ヴェルガ社。北イタリアのコモに位置するワイナリー。創業当初からワイン製造に関して共有してきた基準は「真剣さ、信頼、顧客への配慮」。この価値観は現在でも引き継がれ、イタリア国内外で重要なワイナリーとしての役割を果たす土台となっている。売り上げの増加に伴い新しい製造工場も増設しており、最新技術の導入で徹底した品質管理を行っている。

 

 緑がかった麦わら色。アカシアのニュアンスのある白い花の香り。辛口でリンゴや柑橘の味わいのワイン。前菜やパスタ、生魚やグリル料理とのマリアージュもしやすい。

 決して華やかな、派手なワインではないのだが、あとからじわじわっと旨みが出てくるタイプ。グリル料理と併せて、ゆっくり味わってください。

 

 

 

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